心の住処の守り人
『今晩報』  2017/12/16 17:42:01

中国画家・篆刻家である楊維氏は、国の経済に重大なアンバランスが生じた「大躍進」時期(一九五八年から一九六〇年)に生まれた芸術家の縮図となっている。彼らはその世代の人々の心の世界を反映し、正に俗輩の影響を受けず、磊落で広い度量を持ち、伝統文化の真髄を静かに見守るものである。

中国画が得意な楊氏は、特に伝統的な山水画や書道の篆刻に長けているが、古代名人の画風と心への心酔からスタートしたのである。最初の頃は、清朝の初めに活躍した虞山派屈指の王石谷氏の作品に魅了され、転写に力を注いだ。それをきっかけに、楊氏が転写した中国山水画が次から次へと世に送り出されてきたのである。その後、興味を引かれたのは黄公望氏(別号:大痴道人)の作品であった。当時、まだ未熟者だった楊氏にとって、黄氏の作品を転写することは理想主義ともとられかねないだろう。黄氏の作品を次第に理解できるようになってきた楊氏は、中国画に極めて深く感銘した。

二〇一三年の秋、親友である孫越氏や孫季康氏の紹介を受けて、楊氏は天津業界に名高い孫其峰氏に弟子入りすることができた。親友の紹介のほか、以前師事した恩師の書道家・篆刻家である華非氏の力添えも欠かせないものであった。「徳望のある孫先生は正真正銘の中国画の巨匠です。楊君が彼の弟子になり、異なる師匠の知恵を学ぶ機会を得たことは、まさに幸運といえるでしょう」と率直に語る華氏。このことからも、師匠としての広い度量や愛弟子に対する期待が伺えるだろう。

孫其峰氏は楊氏が弟子入りしてからその個性を良く見極め、特徴に合わせて丁寧に指導した。年を取ってからは、同じく山水画の得意な長男の孫長康氏に楊氏の指導を任せた。それで、楊氏は孫長康氏の知恵をも学ぶことができた。親切でさっぱりした性格の孫長康氏は惜しみなく自分の才能を伝え、伝統をきちんと尊重した上で自分なりの革新をするべきだと常に楊氏に言い聞かせた。そうしないと、革新どころか、受け継いだことまで中途半端になってしまうからである。それを聞いた楊氏は心中や視野がますます広くなり、未来の道も見えてきた。それは、何十年も重ねてきた芸術や人生に対する理解、経験などを活かし、伝統的中国画の真髄を更によく受け継いで探求し、古人の作品に溢れる落ち着いて自然に寄り添う雰囲気の中に自分を探すという道である。

楊氏の近作を見れば、自覚的にシンプルで素朴な表現を目指し、飾り気のない作風に向かっており、ますます得難いものである。古くて枯淡な趣こそ伝統的山水画の奥義であることをよく悟ったようだ。一方、楊氏の篆刻も師匠の薫陶を受け、漢の時代の印判、璽や各流派の印章に力を注いでいる。称賛すべきことに、五年の歳月をかけて彼が製作した『菊壇印志』には、京劇と篆刻という二つの無形文化財が結びつけられており、これは世界初の試みである。同『印志』は華非氏の揮毫、書道家・篆刻家である張牧石氏の序、京劇の人間国宝である梅葆玖氏、尚長栄氏の題辞が揃い、書画帳や使われた印章(合計三百十八本)のうち十本が中国美術館に永久に収蔵される。

编辑:aiqiu